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終末期医療について

終末期医療について

◆終末期医療について考える

死が近づいてきた時の治療、終末期医療について貴方はどのように考えますか?以下は朝日新聞に載った終末期医療の記事からの抜粋です。

死が近づいた患者の治療をめぐって、医師の行為が問われた川崎共同病院(川崎市)の事件と射水市民病院(富山県射水市)の問題について、最高裁と富山地検が相次いで結論を出した。二つのケースが終末期医療の議論と医療現場に与えた影響を探った。

終末期医療について広く受け入れられる定義はまだない。患者の病状、死生観、患者と家族との関係、などは多様で、一律に決めにくいという事情がある。高齢化と医療技術の進歩で、多くの人が病院で最後を迎えるようになった。2000年代に入り、延命知慮をどこまで続けるべきかが問われる問題が相次いだ。

北海道で脳死と判断し患者の人工呼吸器を外した医師が殺人容疑で書類送検されたり、薬の投与で死期を早めて「積極的な安楽死」として罪に問われたりした。川崎と射水の延命治療中止も前後して発覚した。

厚生労働省が07年に出した指針は「適切なインフォームド・コンセント(説明と同意)に基づいて患者本人が意思決定することを原則に掲げた。本人の意思が解らない場合は、家族と医療者が十分に相談し、医療・ケアのチームで対応する」とした。しかし治療を中止できる具体的な条件は示していない。

東京高裁は川崎の事件で終末期医療のルールを求めた。だが、「法律をつくればいいという簡単問題ではない。医師が一人ひとり患者に向き合える体制作りをするべきだ」と指摘するのは東京大学大学院教授。射水市の事件について前田正一慶応大学准教授は「医師は治療義務を尽くし、それ以上有効な治療はなかったという地検の判断は、過去の事例に照らしても妥当といえる」と評価する。

同時に「終末医療の現場で、治療義務の限界がどこにあるかという点は明らかになっていない。各学会や医療界は具体的に検討するべきだ」とも指摘する。

青森県弘前市の津軽保険生協健生病院の安田副院長は約4年前、肺炎で呼吸困難に陥ってた90歳代の女性の治療救急医から引き継いだ。川崎事件の一審判決の直前だった。

酸素を補給するくだが女性の口から入れてあった。安田さんら医療チームは、本人は苦しく、痰の吸引や口腔ケアがやりにくいと考え、気管を切開して管を入れなおすことを家族に提案。医学的には治療を尽くしても長くはもたないとみられた。

女性はぜんそくの持病に加え、脳卒中の後遺症もあった。自宅で長年看病してきた家族は「もう十分に闘病しました。これ以上の治療は結構です。管を抜き、体を痛めつける気管切開もしないで」と訴えた。

安田さんは説得を続けた。川崎の事件が意識にあった。同じぜんそく患者の家族が抜管を求め、医師が応じ、患者は死亡した。安田さんは「同じ対応はできない」とかんじた。

最終的に家族と同意し、気管切開をして人工呼吸を続けた。女性はその後、認知症が進み、施設に移った。

安田さんは川崎と射水で医師個人の判断で治療を中止したのは問題だったと考える。ただ、治療継続が常に正しいとはいえない。

患者さんと家族のためにこの治療はやりすぎだと考えるのは大事なこと。後で何か言われるのが怖いと自己防衛に走らず、家族にもうしでることができるか。そこは難しく少し心配です」と話す。

在宅医療助成勇美記念財団の報告書によると国立生育医療センターの小児集中治療室で亡くなった子のうち、家族との議論を経て人工呼吸器や透析などを止めたり減らしたりして、「治療の終了」という形でみとられた子は、05年以前は28人(同時期の死亡の38%)だったが、06年以降は8人(同17%)と減少していた。刑事訴追を恐れて治療を中止しない医師が増えたと見る。

終末期医療では治療義務の限界、どこまで治療すべきかはまだ明らかになっていない。その為、川崎と射水の事件を意識して、医療現場では訴訟のリスクを避けるために、治療を継続するなど、医学的に見て治療をつづけても長くは持たないケースでも治療を続けるということも起こっている。

◆司法判断例

川崎共同病院(有罪)

喘息の重症発作で意識不明になった患者の気管支内チューブを主治医が抜き、筋弛緩剤を投与したとして、殺人容疑で逮捕された。東京高裁は有罪判決を言い渡し、延命治療の中止について「法律の制定やガイドラインが必要」と指摘。昨年12月最高裁は「余命を判断するために必要な脳波などの検査が実施されておらず、的確な下せる状況にはなかった」として医師の上告を棄却、有罪判決が確定。

射水市民病院(不起訴)

人工呼吸器を外された末期がん患者ら7人が死亡していたことが発覚。富山地検は医師2人を嫌疑不十分で不起訴処分とした。呼吸器を装着したのは家族のみとりの時間を確保するためで、外した行為は患者の死期を早めたとはいえないと判断した。

◆終末期医療に関する主なガイドライン

終末期の定義 患者の意思が不明時の対応
患者の状態を踏まえ、医療・ケアチームが判断 家族が本人意思を推定。推定できない場合はチームが家族と話し合う
日本救急医学会
  • 脳の働きがとまり、もどらない
  • 人工的装置なしでは生命維持が出来ない
  • 数日で死亡が予測される
  • 悪性の病気などの末期
家族が本人の意思をそんたく。できないときは医療チームが判断し、家族に説明し、理解を得る
日本学術会議
  • 急性型(救急医療など)
  • 亜急性型(悪性腫瘍など余命6ヶ月以内)
  • 慢性型(脳卒中、認知症など高齢者)に分類したうえで、2を対象にする
家族が本人の意思を推定。延命治療の中止を求められた場合は、家族間で相違が無いか繰り返し確認し、話し合った上で、チームで判断
日本医師会
  • 最善の医療を尽くしても氏を迎える状態2.死が迫っている。
家族が本人の意思を推定。家族の希望を尊重し、主治医ら複数の医療関係者で判断する

 

終末期の治療 中止も選択肢

胃ろう・人工呼吸 学会が原則改定

高齢者の終末期医療とケアについて、日本老年医学会は28日、胃に菅で栄養を送る胃ろうなどの人工栄養や人工呼吸器の装着は慎重に検討し、差し控えや中止も選択肢として考慮するとの「立場表明」をまとめた。最新、高度な医寮をすべて注ぎこむことは必ずしも最善の選択ではないと判断した。表明の改定は11年ぶり。

立場表明に拘束力はないが、高齢者医療に携わる医師が治療方針を考える際の基本原則とするもの。
まず、高齢者の終末期における「最善の医療およびケア」を「必ずしも最新もしくは高度の医療やケアの技術すべてを注ぎこむことを意味するものではない」と明記。高齢者の心身の特性に配慮し「残された期間の生活の質(QOL)を大切にするものだ」との考えを示した。
その上で、高齢者が最善の医療およびケアを受ける権利の一環として「(おなかに穴を開け、管を通して水分や栄養剤を胃に送る)胃ろう造設を含む経管栄養や気管切開、人工呼吸器装着などの適用は慎重に検討されるべきだ」と指摘した。具体的には「本人の尊厳を損ねたり、苦痛が増えたりする可能性があるときは、差し控えや撤退を考慮する必要がある」と記した。

また、苦痛を緩和したり、死への恐れを軽減したりして、残された期間のQOLを高めるためにも、がんで用いられる緩和医療やケアの技術が用いられるべきだとしたく痛みや苦しみを和らげるための麻薬や最低限度の点滴の使用などを想定している。
高齢者はがん以外に、認知症、心不全、呼吸不全などの病気を患うことが多いが、「死の最終局面では、がんと同じように苦痛を伴うことが少なくない」からだ。

「終末期」の考え方、定義についても整理した。終末期は従来通り「病状が不可逆的かつ進行性で、可能な限りの治療でも病状の好転や進行阻止が期待できず、近い将来の死が不可避となった状態」としている。ただし「高齢者は複数の病気や障害を併せ持つことが多く、余命の予測が困難」として期間は設けていない。

胃ろう 使わぬ選択肢も 延命効果 考える時間が不可欠

口から十分な栄養をとることが難しくなった高齢者に栄養を送る胃ろうなどの人工栄養法について、医療や介護の現場で働く人向けの指針試案が出ました。延命ともからみ、高齢の患者や家族、介護現場にとって、難しい問題です。試案の要点と課題をまとめました。

Q 胃ろうとは?

A ロから食べたり、飲んだりするのが難しい時、おなかに穴を開けて胃へ管を入れ、栄養をとる方法だ。
推定40万人が使い、高齢者が多い。内視鏡で手術が十数分で可能になり、鼻から管を通すより患者の不快感がない。時間をかけて食事介助しなくても十分な栄養がとれて「介護負担が減る」とされ、介護保険が始まった2000年ごろから急速に広がった。

Q なぜ問題に?

A 高齢の患者本人や家族から疑問が出てきた。飲み込みにくくなると、食べ物が気管や肺に入ってむせたで肺炎を′繰り返したりする。「安心して十分な栄養や水分をとれる」などと医師に胃ろうを勧められたのに、むせや発熱がおさまらないことがあり「こんなはずでは」という家族の声が聞かれるようになった。
胃ろうの導入にかかわった医師への調査では、44%が導入後の中止経験があった。医学的な理由が最も多いが「家族が強く望んだ」「患者の背痛を長引かせる」もあった。

Q 試案に「使わぬ選択」を盛り込んだ意味は?

A 生命維持の効果がない場合、維持できても苦痛を与えるだけで人生の益にならない場合、苦痛なく次第に衰え自然に死へ向かっている場合で、本人も家族も胃ろうを望まないなら、しない選択を共に考えようということだ。導入が適当な場合も示した。残された能力を改善し、よりよい生活が実現されそうな場合、もう少し生が延びることが本人の人生にとってよいと家族も考える場合だ。

Q 説明も大切だ。

A 試案でも、本人の意思確認が必要な内容は、早い時期から本人や家族と一緒に話し合うよう促した。家族らへの調査では、説明からつけると決めるまでの期間は「説明の後すぐ」が4割を占める。本人や家族が十分に考える時間がないのが実情だ。
また時間や状態の変化で「よかったのか」と迷うこともある。試案は一度決めた決定に本人や家族が縛られないよう配慮することも明記し、中止もできるとした。

Q 高齢者の意思確認は難しくないか?

A 特に認知症の場合だ。十分な判断力があるときに書面や口頭で確認しておけば、症状が進んだ後も意思を推測できる。ただ、アルツハイマー型はかなりの年月をかけて進行するとされ、その間意思が変わらないかという問題がある。試案は「認知症が進んだ段階でも、対応できる力に応じて本人にも説明し気持ちを大事にする」とした。

Ql試案の課題は?

A 指針は来春にも日本老年医学会で決まる。胃ろうを選ばないとき、可能な範囲で無理なく口から食べる医療・介護技術の向上も必要だ。意思の確認方法の具体化も求められる。

人工栄養法の指針試案

■高齢者ケアと人工栄養法の主な考え方

□人工栄養法を導入しない選択肢も示す
口生命維持だけでなく、人生も含め、本人の益になると判断できるときは、最適の方法を選ぶ
□本人の益にならないと判断できるときは導入しない
□人生の完結に有益なときの導入は妥当
□導入後の中止・減量もありうる
□家族の都合で本人の生の長さを決めない
□医療・介護側は、本人・家族とのコミュニケーションを進める

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2011年12月23日朝日新聞他

終末期 脱「胃ろう」進む

広島県の基幹病院 件数2年で35%減

病気などで食べられなくなったときに胃にチューブで栄養を送る「胃ろう」を、終末期に利用する患者が減っている。広島県内の基幹病院32病院では、2012年度の胃ろうの造設手術の件数は計1070件で、2年前より588件(35.5%)減少したことが15日、中国新聞の調べで分かった。

望まぬ延命に拒否感

広島県の基幹病院件数2年で35%減望まぬ延命に拒否感胃ろうは優れた栄養補給法として高齢者を中心に急速に普及してきたが、一度近設すると栄養補給の中止が難しい。意識がなくなり延命を望まない状態になっても、長期間生き続ける状況が生まれかねない。医療機関や介護施設で、胃ろうによる終末期の延命を選択しない人が増えている。

県内の公立病院とJA、済生会などの公的病院計32病院に10~12年度の胃ろうの造設手術件数を尋ねたところ、10年度は計⊥658件▽11年度は計1422件で、年々減少。9割の29病院で、12年度の件数が10年度より減っている。
12年度の件数が最も多かった国立病院機構28・2%減。JA広島総合病院(廿日市市)は104件で30・2%減。このほか、福山市民病院(福山市)は12件で72・7%減、JA吉田総合病院(安芸高田市)は29件で59・7%減と、大きく減った。
市場調査会社アールアンドディ(名古屋市)によると、メーカーが全国に出荷した造設キット数は10年前から増加傾向が続いてきた。しかし、12年は11万3100セットで、前年より14%減った。

胃ろうの普及に取り組んできた「広島胃瘻と経腸栄養療法研究会」の代表幹事を務めるJA広島総合病院の徳毛宏則副院長は「胃ろうは正しく使えば再び食べるための支援になる。しかし、安易に造設すると望まぬ延命にもつながる。患者や家族が判断するための情報提供をしっかりするべきだ」と話している。

問い直される役割

胃ろうが減少したのはそのその役割は何か、見つめなおす人が増えたからだろう。
本来フタタ部食べられるようになるまで栄養面で支えるなど生活の質を向上させることが目的。約15分の内視鏡手術で簡単に増設でき、ほかの人工栄養法より患者の苦痛や負担も小さい。2000年ごろから広がった。

全日本病院協会は10年の利用者を約26万人と推定する。しかし、利用者の4割は85歳以上。老衰でたべられなくなったために使う患者が増えた。意思疎通ができなくなり家族が「もう逝かせてあげたい」と思ってもなお、胃ろうによって人生の幕を閉じられない場合もある。それは本人が望んだ姿だろうか。
「尊厳を損なう可能性がある」として、日本老年医学会は昨年1月、高齢者の終末期の胃ろうなど経管栄養の導入は「慎重にすべきだ」と立場表明。

自然に任せて穏やかに死ぬことを進める医師の著作も相次ぐ。終末期の延命への意識が転換期を迎えている。

-中国新聞-2013年6月16日より

尊厳死を考える

延命か否か重い選択

2012年8月24日、25日 朝日新聞より

患者の意思表明があれば、延命措置をしなくても医師は責任を問われないとする「尊厳死法案」。今国会に提出の動きがあるが、国民それぞれの生死のあり方にまで踏み込む内容となるだけに、賛否両論が巻き起こっている。

死期迫る事故・難病患者も対象

命の瀬戸際に、望んだ医療を受けられず、割り切れなさを抱えたまま生を終える患者がいる。横浜市でクリニックを開く医師(49)がかつて診察した高齢女性もそうだった。
がんを患い、自宅で療養していたが、帯状が悪化し、大きな病院へ。鼻から入れたチューブを通して栄養補給する延命措置を受けたが、本人はやめたがった。病院側は「1度始めたものはやめられない」と言い、継続することに。女性は望まぬ医療を受けたまま、他界した。のこされた夫にも「選択できなかった苦しみ」が残った。
終末期の患者には二つの道がある。1日でも長く生きるため延命を続ける選択と、延命を望まない選択だ。開業医は言う。「どちらにせよ、患者や家族が思った方を自由に選べるようにするべきだ」 尊厳死法案は、延命措置を拒みたい人の権利を確立しようとするものだ。

法案は終末期を「すべての適切な医療上の措置を受けた場合でも、回復の可能性がなく死期が間近にある状態」と定義。終末期の判定は、経験と知識のある複数の医師が行うとする。終末期の患者(15歳以上)が書面などで意思表示をしていれば、その希望に沿って医師が延命措置をしないことを認める。
食べられなくなり胃に栄養を管で送り込んだり、自発呼吸ができなくなり首もとに穴を開けて人工呼吸器をとりつけたりする延命措置は、医療現場で行われている。法案を当てはめると、事故や末期がんなどの重病、進行性で治療法がない難病で死期が迫る患者らが対象になりうる。

法案は二つの案があり、延命をやめるタイミングが違う。追加の措置をしない「不開始」に限るものと、今行っている措置の「中止」まで含むものだ。
現在、衆参合わせ約120人が名を連ねる超党派の議員連盟は2005年にできた。07年には法案のたたき台を公表したが、さまざまな意見があり、法案化は先延ばしになっていた。国会に法案が提出されれば初めてとなる。

免責医師の「後ろ盾」

延命中止をめぐっては、日本救急医学会が07年のガイドラインで「さらに行うべき治療法がなく、現状の治療を継続しても数日以内に死亡することが予測される」といった四つの状態を終末期として例示。呼吸器の取り外し、水分や栄養の補給中止といった具体的方法を列挙して手続きの進め方まで示している。

だが、議連の増子輝彦会長(民主)は「法的な効力はなく十分ではない」と、法律が必要との立場だ。
法案は、医師の免責をはっきりとうたう。適切な手続きを踏めば延命をしなかった医師の刑事、民事、行政上の責任を問わない。
筋弛緩剤で患者を死亡させた川崎協同病院事件や、人工呼吸器を取り外した患者7人が死亡した富山県の射水市民病院事件などで、医師の刑事責任の有無が問題になった。増子会長は「どんな条件で免責されるのかを法律で決めないと、医師側が萎縮しがちで患者が望むままの尊厳死は進みづらい」と説明する。

オランダのように薬物投与で死期を早める「(積極的)安楽死」を一定の条件で認める国もあるが、尊厳死法案は認めない。
市民ら12万人余りが会員の日本尊厳死協会は1976年に設立され、尊厳死の法案化を求めてきた。医師でもある岩尾総一郎理事長は「終末期医療のガイドラインは厚生労働省も出しているが患者本人の決定を基本としつつ「最後は医療チームの判断による」としている。現状では(法的な)後ろ盾がなく医師が判断できない」と成立に期待する。

一方、反対の声も多い。日本弁護士連合会は今年4月の声明で、現在も経済的負担や家族の介護負担に配慮して延命を取りやめる患者がいると言及。真の自己決定をするには医療や介護、福祉による支えが不十分で、「法制化を検討する基盤がない」と批判した。障害者団体の間でも、反対の声は根強い。日本医師会は立場表明していない。

国会の会期末は9月8日。議連は「法案はたたき台」とし、会期中の提案を目指す。

残酷な生き方はさせたくない

国会への提出が検討されている尊厳死法案は、回復の見込みがない死期間近な人が、延命措置を拒否できるとする内容だ。命と向き合い続ける患者や家族たちの目に法案はどう映るのか。

寝たきりの妻介護

富山市の松尾幸郎さん(76)は6月、スイスであった「尊厳死連合世界大会」に出席し、日本での尊厳死の法制化を訴えた。妻の巻子さん(69)は6年前の交通事故で寝たきりの状態。まばたきの動きだけで意思を伝える妻の将来を案じ、「まずは活発な議論が必要だ」と話す。

巻子さんは、少年(当時19)の居眠り運転による衝突事故にあい、顔の神経の一部以外の自由がきかなくなった。人工呼吸器をつけ、胃の中に外から菅を入れて栄養を補う胃ろうを受けている。
幸郎さんとは会話補助装置を通じて言葉を交わす。視線の先の一文字一文字をまばたきの回数で確認しながら言葉を紡いでいく。
幸郎さんが「巻子の言霊」としてその言葉を記録したノートは現在21冊目。初めて死を望む言葉が伝えられたのは2009年4月だ。翌日には「あなたのねんれい(年齢)でまいにち(毎日)よゆう(余裕)がありますか」。幸郎さんの負担を苦痛に思う心情が綴られた。

幸郎さんは「私が生きている限り、巻子を守る」と考えるが、昨年1月に膵臓の手術をし、自分が先に死んだあとを思うようになった。
「誰かが巻子に『ダディが死んだ』と伝える。そのとき巻子は悲しむと思う。死を願うと思う。でも自分で呼吸器をはずすこともできない」。そう一息に言い、続ける。「こんなに残酷な生き方はないでしょう。そこまでして生きなきゃいけないのか」

アメリカでの生活が長かった幸郎さんは、死が迫ったらどんな治療内容を望むかを記した書類「リビングウィル」を50代で作成している。「『最後の生き方』について、自己決定権が保証されるべきだ。まずは、多くの人に尊厳死について考えてほしい」と語る。

家族の負担放置命断念へ圧力

「私たちに『生』の断念を迫るのですか」。全身の筋肉が萎縮する難病「筋萎縮性側索硬化症」(ALS)患者の土居賢真さん(40)=東京都=は法案に否定的だ。

ALSは進行すると自分で十分な呼吸ができなくなるが、人工呼吸器を着ければ何十年と生きられる人もいる。
ただ、呼吸器を装着すると、たんが詰まらないか24時間見守りが必要になり、家族の負荷は増す。中には、自分の命と、家族の介護負担をてんぴんにかける人がいる。日本ALS協会の川口有美子理事によると、装着する人は3~4割にとどまる。
法律ができたら、尊厳死が奨励される雰囲気が生まれないか。家族負担の軽減が不十分なままでは、その空気が「圧力」へと姿を変え、装着せず亡くなる人が増えるのでは―-。土居さんは危惧する。
特に地方の患者ほど影響を受けやすいと感じる。

呼吸器をつけ自宅療養するALS愚者は、障害者自立支援法による訪問介護を公費負担で受けられる。
ところが、昨年8月まで住んでいた茨城県内の市はもともと介護事業所の数が少ない上、「たんの吸引に対応できない」と、軒並み断られた。

65歳の母だけに頼るわけにいかない。患者を支援する知人の助言があり、都内に引っ越し、生き延びられた。今は夜間も含めヘルパー派遣が受けられる。「引っ越す余裕がなければ、死ぬしかない現実があるのです」
取材を受けるにあたり、土居さんがまとめた文書の「終わりに」には、こうあった。
「高校時代の教師が言ったことを覚えています。『弱者を簡単に見捨てる社会は、存在価値がない』。いま一度、ゼロベースでの冷静な検討を求めたいと思います」

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